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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)36号 判決 1960年12月22日

控訴人 被告人 坂宗雄 外二名

弁護人 大池竜夫

検察官 菅原次磨

主文

原判決を破棄する。

被告人三名を各罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

但し、この判決確定の日より一年間、右各罰金刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は三分してその一ずつを被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人らの弁護人大池竜夫作成名義の控訴趣意書及び補充控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判決する。

控訴趣意中正当防衛の論旨について

論旨は、被告人らの本件放水行為は、近江絹糸紡績株式会社のいわゆる再建派に属する従業員の団結権及び同派の従業員中ピケラインを張つていた者の生命身体を防衛するためにやむことを得ざるに出でた正当防衛行為である、というにある。

よつて按ずるに、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、近江絹糸労働組合は、昭和三十三年初頃より原判示の再建派と本部派との二派に分れ相対立していたこと、被告人三名は大垣市林町六丁目八十番地近江絹糸紡績株式会社大垣工場の工員で、近江絹糸労働組合大垣支部の組合員で右再建派に属していたこと、同年二月二十八日再建派は、右大垣工場内において再建派臨時大会を開催するにあたり、右大会を阻止するため本部派の者が大挙押しかけて来ることを予知し、これに対処するため、労働組合員でないいわゆる町の人である西尾良一ら十数名に応援を求め、又早朝から再建派組合員三、四十名をして同工場正門前にピケラインを張らせ、本部派の者が同工場に入ることを阻止する態勢を整えて待機していたこと、同日午前十時頃までに右正門附近に約二百五十名位の本部派の者が来集し、本部派を代表して川平副組合長外一名がピケラインを張つている再建派組合員に対し、ピケラインを解いて本部派の者を工場内に入れるよう交渉したが、右再建派組合員においてこれに応ぜず、飽くまで本部派の者の工場内に入ることを阻止する態度を示したので、勢い、本部派の者は実力をもつて再建派組合員のピケラインを突破し工場内に入ることを図るようになつたこと、かくして、本部派の者二百五十名位はスクラムを組んでピケラインの再建派組合員に衝突して行き、ピケラインの再建派組合員はこれに強く抵抗し、両者の押し合いとなり、このようなことを三、四回繰り返し約一時間半を経た頃、本部派の者の数は三百名位に増加し、これ等の者がピケラインを押し包むような態勢でピケラインの再建派組合員に衝突して来たので遂に同組合員は正門扉(角材を組立て南内側に開くよう取付けられてあるのであるが、当日は通用門の部分を除き角材、鉄線等により閉鎖してあつた)に押しつけられ、ピケラインが崩れるような情勢になつたこと、被告人らは、正門の北側に接続した守衛所の屋根の上にあつて右情勢を見るや、ピケラインの再建派組合員に助勢しピケラインの維持を図る目的で、原判示のように、西尾良一、山田浩、高橋透らと共同して、右屋上から消防用ホースをもつて本部派の組合員である田中幸男外十三名等の身体に対し、放水したものであること、を認めることができる。本件記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討するも、右認定を左右する証左はない。

右認定したところによれば、ピケラインの再建派組合員と本部派の者との押し合いは、右再建派組合員が本部派の者の工場に入ることを実力をもつて阻止しようとし、他方本部派の者は実力をもつてピケラインを突破しようとしたことによつて生じたものである。かような状態は多くの労働争議において往々行われる現象であると認められるが、このような状態の下において、被告人らが原判示原審相被告人らと共謀して本部派組合員らに対し原判示のように守衛所の屋根のうえから消防用のホースを用いて放水するが如き行為はとうてい刑法第三十六条にいわゆる急迫不正の侵害を受け自己又は他人の権利を防衛するため已むことを得ざるに出でた行為ということを得ないこと明らかである。右と同趣旨の理由により、被告人らの正当防衛の主張を排斥した原判決には、所論のような事実誤認の点はなく論旨は理由がない。

控訴趣意中錯覚防衛緊急避難の論旨について

論旨は、被告人らの本件放水行為が、正当防衛に該当しないとするも、いわゆる錯覚防衛(誤想防衛)をもつて論ぜられるか、或は緊急避難をもつて論ぜられるべきものである、というのである。

しかし、前記認定のように、被告人らは、ピケラインの再建派組合員に助勢してその劣勢を立ち直らせようとして本件放水行為に出でたものであつて、いわゆる喧嘩闘争の一方の側に立つての反撃行為と同じように考えられるから、いわゆる錯覚防衛、緊急避難をもつて論ぜられる場合に該らないこと明白で、原判決には所論のような事実認認の点はなく、論旨は採用できない。右のように、被告人らの弁護人の事実誤認の論旨は、採用できないものである。

進んで、職権をもつて調査してみるに、本件記録を精査し、原審及び当審における証拠調の結果を仔細に検討すると、被告人らの本件放水行為は、前記認定のとおりの事態において、たまたま守衛所の屋上にいた被告人らに対し下方より消防用ホースの筒先を渡されたので、その場の雰囲気に昂奮していた被告人らが放水行為に及んだものであり、犯行の動機において斟酌すべきものがあり、又放水時間も三、四分程度で、水勢もそれ程強いものでなく、本件犯行の態様においてもとくに悪質のものとは認め難いこと、被告人らはいずれも年若く、前科がないこと、特に近江絹糸労働組合は、現在においては本部派、再建派の対立も全く解消し、本件当時の両派の抗争は、却つて、同組合の現在の発展に資するものであつたとさえ認め得られることその他諸般の情状に鑑みると、原判決が被告人らに対し各罰金二千円に処し、これに執行猶予を附さなかつたのは、量刑重きに過ぎ不当なものといわざるを得ず、原判決はこの点において破棄を免れない。

そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第一項に従い原判決を破棄するが、本件は原裁判所並びに当裁判所において取り調べた各証拠により当裁判所において直ちに判決できるものと認められるので、同法第四百条但書により更に判決する。

当裁判所が認定した被告人らに対する犯罪事実及びこれに対する証拠の標目は、原判決に摘示するとおりであるから、ここにこれを引用する。

法律に照すに、被告人らの判示各所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条、刑法第二百八条、第六十条罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第二号に該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段、第十条を適用し、判示田中幸男に対する罪の刑に従い処断すべく、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で量刑に関する所論に鑑み被告人らを各罰金二千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に従い、金二百円を一日に換算した期間当該被告人を役労場に留置し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第一項に従い、本判決確定の日から一年間右罰金刑の執行を猶予すべく、なお、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により主文第五項掲記のとおり被告人らにこれを負担せしめることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 判事 布谷憲治)

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